「10万ドン!」「6万だ!」
興奮気味の声が真っ暗な二車線道路に跳ね返る。まっすぐにハノイまで続く(と思われる)この幹線道路も、夜中の12時を回って車はほとんど通らない。俺はそっぽを向いて歩き出すが、やっぱり車はしつこくついて来る。
「もう払わないって言ってんじゃん。ってあっ!おまえ!人からもらった金捨てんなよ!」青いTシャツの男が、「Small money !」と叫びながら俺が渡した6万ドンを窓から捨てた。今度は青Tシャツ男の隣に座っている男が言う。「11万ドン!」って増えてんじゃん!「一度言ったこと変えんなよ!!」
いきなり最悪のパターンにはまってしまった。俺は空港での判断を後悔していた。
2004年7月10日、ハノイ・ノイバイ国際空港に無事到着。時刻は午後11時。毎度のことながら深夜の到着となったが、さして不安はなかった。はじめから空港で夜を明かすつもりだったからだ。貧乏な旅人のために一夜限りのベッドと化してくれる手ごろなベンチを、余裕を持って探していた。
きょろきょろしてるのが目に付いたのだろう。一人の男が、なれなれしく声をかけてきた。年齢は20代後半。身長は低めでやせ型。青いTシャツを着ていた。しゃべり方や雰囲気から、一瞬で怪しいやつと判断できる。俺はあいまいな返事であしらいながら、ベッドを探しつづけた。「フレンド、5ダラー4ダラーホテル、チープチープ、タクシー、チープチープ。」明らかに旅行者相手のぼったくり屋だった。相手にするとろくなことはない。ここは適当なことを言って遠ざけるが一番だ。「今日空港に泊まるから」「あー空港閉まるよ」またまた。うまいこと言っちゃって。連れ出すための嘘なんでしょ。「閉まる閉まる」分かった分かった。嘘でしょ?嘘だよね?いやいやいや。まああれだ、訊いてみりゃ判るんだから。あの制服着た人にね。ほら。
あのー、夜は空港閉まっちゃうんですか?
「はい閉まります」
えっ
まずい。状況が変わった。落ち着け。まさか屋外で寝るわけにも行かない。しょうがない。近くで宿を探すとしよう。
で、30分ぐらい歩き回って判ったことは、
かなりまずい状況である。ここに来て雨まで降り出した。「ほら、ね、チープホテル、チープタクシー」男は執拗についてくる。もうやけくそだった。よーし、あんた、タクシー乗せてくれ。この判断が間違いだった。