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TRAVEL SKETCH in VIETNAM

No.2 つき返された20,000ドン札(2)

走り出したタクシーには、最初に声をかけてきた青Tシャツの男と運転手と俺の三人が乗っていた。助手席を空けて、俺と青Tシャツが後部座席に並んで座る形。青Tに名前を聞くと、ボーだと答えた。俺も自分の名前を告げたが、覚える気もなさそうだった。多少の世間話はした。ボーは結婚はしていない。恋人もいない。俺もそうだと言って笑いあったりした。19歳だと言ったら少し驚いていた。車に乗り込む前に一つ約束をした。「5ドルの宿に連れて行ってくれ」。ボーは笑顔でうなずいた。

10分程走ったところで、車が停止した。何かと思ったら、助手席に男が一人入ってきた。もといた二人と仲良さげに話している。ベトナム語なので、当たり前だが会話の内容はまったく判らない。外は真っ暗。建物もまばらである。車は夜の幹線道路をぶっ飛ばしていく。もはや彼らに任せるしかないのだ。逃げ場はない。リアルに不安になってきた。

さらに15分ほど走っただろうか。車がネオン下の駐車場に入った。着いたらしい。入り口にはすだれ状のピラピラしたカーテンみたいなのがかかっている。これどっかで見たことある、と思いつつ、ボーといっしょに中に入る。中は薄暗くて、狭いロビーの安っぽく派手なソファに男が2,3人、けだるそうに座っていた。彼らに訊く。「一泊いくらですか?」ボーが通訳する。彼は英語がちょっとできる。

「50ドル」

は・・・?

「フィフティー」

15(フィフティーン)じゃなくて?

「50」

馬鹿言っちゃいけない。そんなの高すぎる。50ドルって言ったら都会の中級ホテルだ。それに、

5ドルって約束したじゃん!

俺はボーに詰め寄った。

「ベトナムでは5ドルっていったら50ドルのことなんだよ」

もはや意味わかんないし。言い訳が苦しすぎる。まけろだなんだと交渉してると、一人の女性が階段を下りてきた。それを見たボーがニヤニヤしながら、手である仕草をしたのを見て、気づいた。

ここラブホかよ!

どおりでこんな時間に開いてるわけだ。ますます泊まるわけにはいかなくなってきた。5ドル払うからロビーのソファで寝かせてくれと頼んだが、駄目だった。覚悟を決めて外に出る。雨は上がっていた。

俺は勘違いをしていたんだ。「5ドルの宿に連れて行ってくれ」と頼んだ俺に対し、自信満々で微笑み返したボーを見て、当てがあるんだな、と思ってしまったのだ。これでとりあえず寝床にはたどり着ける(値段は吹っかけられるかもしれないけど)と。ところが、車中での彼らの様子を見る限り、彼らは宿を探しながら走っていた。宿の前でスピードをゆるめて、閉まってると次へ、というのが何度かあった。つまり最初から行く当てなどなかったのだ。それなら自分の足で探しても同じではないか。むしろぼられる危険性が無くなってお得かも。

時間は深夜0時をとっくに回っていた。当てなどなかったが、野宿の覚悟は決めていた。とりあえず、こいつらともう関わりたくなかった。今思えば、ここで大人しく50ドル払っていれば、意外と何事もなく済んでいたかもしれない。しかし、旅は人をケチで強情にする力があるらしい。無茶は承知で歩き出した。

もういいよ。ハノイはどっち?こっちね。じゃあ、ありがとう。

しかし、ボーもしつこかった。車でのろのろついてきて、タクシー代を要求してきたのだ。「10万ドン!」相場はよく知らないが、だいたい1ドル=15000ドンだから、10万ドンは7ドルぐらいか。おそらくそんなに法外な値段ではない。良心的な範囲だ。しかし、値段交渉は手続きのようなものだと旅中の俺は思っているから、とりあえず値切ってみる。6万!。案の定それでは承知しない。それどころか、俺が渡した6万ドンを、スモールマニ―だと言って窓から放り投げやがった。これにはカチンときた。挙句の果てに、ボーの隣の男が「11万!」とか言い出した。増えてんじゃん!思わずけんか腰になる。一度言ったことを変えるな!!

こんな調子で、夜中の値段交渉はしばらく続いた。歩く俺の横を車はぴったりついて来る。さすがに嫌気がさしてきた。いいかげん消えてほしかった。結局その気持ちがケチよりも勝り、俺はしぶしぶ11万ドンをやつに渡した。一枚一枚札を目の前で数えてつきつける。はい、おーけー?、じゃあね。これでせいせいする。さっぱりとお別れだ。そう思っていた。ところが、最後の最後で、ボーが思わぬ行動に出た。

「これはあんたのだ」

ボーが俺の手に握らせたのは、20,000ドン札だった。横の男(11万って言い出したやつ)が横取りしようとするのを、ボーが制止している。「いいから」とでも言うように。俺はボーに訊いてみた。なんでだ?でも彼はごにょごにょごまかすだけで、答えなかった。


それで彼らは引き返していった。してやったり。日本人観光客からうまいことまきあげた金で、たぶん酒でも飲むのだろう。俺はボーが嫌いだ。旅の最終日、ノイバイ空港に再び戻ってきたとき、綿密な復讐計画を練り上げた上で彼を捜したぐらいに、嫌いだ。今でも思い出すと腹が立つ。実物はこの文章を読んだ印象の5〜10倍は嫌なやつだと思ってもらって結構である。青いTシャツも似合ってない。しかし、あの時彼が取った行動。あれがために、俺は彼を憎みきれないでいる。彼が俺の手に握らせた20,000ドン札を見て、俺は確かに笑ったんだ。驚いて。ちょっと嬉しくて。金が返ってきたことがじゃなく、彼の行動が。にやけちった。やるじゃんボー、って。

俺はボーが嫌いだ。彼を乗せた車と反対方向に、俺は歩き出した。大嫌いなボーがつき返した20,000ドン札は財布にしまった。長い長い、真っ暗な道は、雨上がりの静けさの中を、どこまでも伸びていた。