TRAVEL SKETCH in VIETNAM

No.7 青年レバンフイ(3)

「今どの辺?」

日が傾き始めていた。俺とレバンフイは相変わらず途切れ途切れの会話を交わしていて、その合間に俺はウォークマンでCDを聞いた。ほこりっぽ東南アジアの風景とは不似合いなJ−POPが、風にかき消されながら耳元で鳴る。

「この辺だよ」

予想に反して、彼は俺が差し出した地図上のハノイとフエの中間ぐらいを指差した。もっと進んでいるものと思っていたのだが。

これまでの道のりにかかった時間と、残りの距離を見比べて、フエ到着時間を計算する。どうやら夜になることは避けられそうにない。下手をすると深夜になる。俺は少々の不安を覚えた。

バスはトイレ休憩をはさみながら延々と走りつづける。途中、レバンフイが棒アイスをおごってくれた。夕暮れが近づくガソリンスタンドで、二人並んで食べた。

俺はその日の寝場所について考えていた。深夜に到着するとなると、宿探しは難しい。かといって野宿は危険だし、初日でこりている。バスが少しでも早く着くことを祈るか、あるいは・・・。

「やっぱりうちに泊まりにこないか?」

レバンフイが言った。俺もそれを考えていた。このままフエまで行って危険を冒すよりは、彼を信用して泊まらせてもらった方が得策かもしれない。彼に対する疑いは、確実に晴れてきていた。

「そうさせてもらおう・・・かな・・・」

思い切って、そう答えた。


彼の住む町ドンホイに着いたのは、夜8時頃だった。そこからフエまではさらに3時間程かかるそうだから、あのままフエを目指していれば、やはり到着してから困っていただろう。バスを降りた場所からバイクタクシーに乗り(三人乗り)、5分ほどで彼の家に着く。

大通りから街灯のない暗い路地を20mほど入ったところに、その家はあった。荒いセメントで作ったような安っぽい平屋に、ドアが3,4個並んでいる。壁の色は薄水色だが、いたるところで塗装が剥がれ落ちて、地の壁がのぞいている。白すぎる蛍光灯が軒下に等間隔で下がり、壁と地面を無遠慮に照らしている。彼の部屋は一番奥にあった。

部屋の中は殺風景だった。入ってすぐ左に、ちゃぶ台を50%に縮小したぐらい小さな長方形の机が、壁に向けて置いてある。机の上にはノートや教科書が散乱している。ドアと反対側の壁には窓があり、その下に大きめのベッドが横向きに置いてある。部屋にあるものといえばそれだけだった。ベトナムは外食文化が発達しているから、物を最小限にしようとするとこうなるのだろう。なんとも生活感がない。広さは8畳ぐらいだろうか。外壁と同じ壁が冷たく四方を囲い、物が少ない割に圧迫感がある。

「夕飯を食べに行こう」

荷物を置くとすぐに彼はそう言った。もっとも荷物があったのは俺だけで、彼のほうはもともと手ぶらだったのだが。

大通りに出てすぐの大衆レストランに入る。彼は自分で払うと言う俺を制して、なんとかという麺をまたおごってくれた。

レストランで彼の友人を二人紹介された。そのうちの一人は、彼のの同居人。ルームシェアしているのだそうだ。机もベッドも一つしかなかったが・・・。

友人同士が集まれば、当然のことながら会話がはずむ。会話はもちろんベトナム語で交わされる。何も聞き取れないやり取りが盛んになってくると、なんだか自分がほったらかしにされているような気になってくる。たまにレバンフイが気を利かせて話し掛けて来てはくれるが、しゃべればしゃべるほど自分が場違いな存在になりそうな気がして、余計萎縮してしまう。そこで、黙って彼らの会話の内容を推測してみると、いかにして俺を騙そうかという計画を練っているのではないか、などという妄想が生まれる。彼らに対する疑念は、完全には消えていない。

一番の心配は、夜だった。寝ている間に荷物を盗られるのではないか、朝起きたら部屋には誰もいなくて、金目の物がなくなっていたりして・・・。

夕食後部屋に帰った俺たちは、3人(俺とレバンフイとルームシェアしてる友人)で一つのベッドに横になる。しかし不安と疑念はしぶとく俺の頭に巣くっていた。バックパックは机の横に置いてある。俺は朝起きたときに少しでもその向きや置き方が変わっていないかチェックするために、必死でその情景を目に焼き付けていた。