ボートが村に帰ったのは朝の6時ぐらい。帰りがけに養殖貝を取ってきた。たいした量ではないが、収入の足しにはなる。いったいなぜここまで魚が捕れないのか。
数年前まではまだマシだった。バケツ二杯分ぐらい捕れることもあったそうだ。ところがここ数年になって、マニラ湾の魚の数が激減している。いったいどうしてだろう。
原因の一つはマニラ湾のごみ問題にある。ごみの不法投棄や、湾岸の工場からの工業排水などが海を汚染しているのだ。ナボタスと呼ばれるある湾岸のスラムでは、海岸線がごみで埋め尽くされていた。いや、というよりも、海岸線がごみでできていた、と言った方が正しい。打ち上げられたごみが積み重なった結果だ。
もう一つ挙げられるのはマングローブ林の伐採である。マングローブ林は魚の住みかとして重要なだけでなく、海水の浄化や、防波堤・防風林の役目も果たす。これが無ければここの生態系は危うい。
伐採の目的は主に養殖池の設置だ。海老などを養殖するのだが、これが地元の人の口に入ることは無く、ほとんどが輸出用。この後訪れたプガット村では、養殖された海老の8割が日本へ輸出されているという。
しかし、養殖池には良い面もある。そこが地元の村人の働き場所となり、新たな収入が得られるからだ。しかもその収入は漁よりも高く、安定している。だから村人は最終的には、マングローブ林と養殖池の共存をのぞんでいる。
これらの原因によって、マニラ湾の魚は減ってしまったわけだが、実はこれに加えてもう一つ重要な問題がある。違法漁船である。
激減する漁獲量に、湾周辺の人々はより多くの魚を捕ろうとして、伝統的な漁法を捨て、無差別的な搾取を始めた。すなわち、ダイナマイトやシアン化合物の使用、大型漁船(漁をする船のサイズは法律上決められている)による底網漁などである。これらの不法漁業により魚の数はさらに減少することになり、悪循環が生まれている。
しかもフィリピンでは、これらの漁船をいちいち取り締まれるほどの力が政府に無く、野放し状態となっている。実際、旅中船で移動したときには違法漁船を何隻も見かけた。当たり前のように底引き網を掲げて走る大型漁船を見て驚いた。
しかし、こうした人々を一概に責めることはできない。彼らも生きるためにやっていることだ。魚が捕れなければ生活できない。それにダイナマイトや科学薬品の使用には危険が伴う。誤って四肢の一部をなくしてしまった人もいる。彼らは被害者でもあるのだ。
これらの問題に対して、現地NGOのPRRMが行っている対策は以下の通り。
@マングローブの植林
Aコンクリートの人工漁礁を沈める
Bマニラ湾岸の定期的掃除
C漁獲量のモニタリング
Dフィッシュサンクチュアリ(魚の聖域)をつくり成長場所を確保
E地方自治体から逮捕権をもらい海をパトロール
まず、住民を組織することから始まり、それからこれらの活動を住民主体で行っている。徐々に成果は出ているそうだが、この日の漁後のバケツを見れば分かる通り、先は長そうだ。